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日々、しあわせさがし

悩み多き日々、幸せって何?自分探しというか、幸せ探しのブログ。千葉県流山市在住、お酒と音楽とコーヒーが好きな30代会社員。家には妻と2人の幼い兄弟。

『永い言い訳』小説レビュー;大切なものは目に見えないってことね。映像と小説の表現の違いが気になる。

映画公開された『永い言い訳』(原作・脚本・監督 西川 美和、主演 本木 雅弘)の原作小説を読んだのでレビューします。

特に、映画を観たけど小説も読もうかな、と思っている人は、ぜひ参考にしてみてください。

ちなみに僕はまだ映画を観ていません。
(ということでネタバレ注意です)

 

 映画『永い言い訳』本予告 - YouTube



◼︎「言い訳」 とは
まず、「言い訳」の意味は、辞書にこう書いてあります。

 


『そうせざるをえなかった事情を説明して、了解を求めること。弁解。弁明。「遅刻の―」「いまさら―してもおそい」』



言い訳は一人じゃできないんですよね、必ず相手がいて自分がいる。

 

 

◼︎言い訳は誰にもある
幸夫は独り言のように自分に対して言い訳をし、相手に対して言い訳をする。

夏子には届かなかったけど。


こういうことって、幸夫が特別でなくて、誰しもが少なからず持っている感情なんじゃないですかね。

 


幸夫はきっと様々な人に言えない正当化をしたうえで、自己防衛もあって悲しむ余裕がなかったんだろうな。

 


◼︎もう愛していない
小説を最後まで読んだら、ぜひ最初の方に戻って夏子の語りを読み返してほしいです。

 

幸夫が激烈な言葉で夏子を責め立てるシーンがあるけど、当の夏子は飄々としたもので。

 

映画や小説のあらすじの書きっぷりや他の人のレビューに「冷え切った家庭」とか「冷めた愛」とか書いてあるのを目にすると、ちょっと違うんじゃないかなと思う。気まずくはあったと思うけど。

 

幸夫は夏子に対する負い目を感じていて、夏子は幸夫を養った自負があって。それをお互いが察し合って、疑心暗鬼になってるだけで。

 

"もう愛していない。ひとかけらも。"

 

これがまさに、幸夫と夏子の関係性に当てはめた言い訳であって、この作品を象徴する言葉であると思う。

すれ違いを、さらに後付けの理由を当てはめて、それで良しとしてしまっているようで。

 

 

◼︎言い訳は目に見えない

この作品では、失くしてから気付くっていう言い古されたことを、なぜそうなってしまうのかを痛々しく紐解いている。

自分がどう思うか、相手がどう思っているかに囚われていると、失くしてから気付くことになっちゃうよ、っていう反面教師なストーリー。

ただ、それは人間の心理的な仕組みになってるということだから、まるっと受け入れたうえで突破しましょうね、っていうことだと思う。

 

 

◼︎映画のための原作小説
小説では、一人称で事細かく気持ちや観点や感性が語られているので、わかりやすかったけど、映画ではどうなんでしょうかね。

 

 

観た人がいれば、どのシーンがどう描かれているのか、聞いてみたくて、その事前情報あったうえで映画観にいきたいな。

 

 

永い言い訳 (文春文庫)

永い言い訳 (文春文庫)